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大阪地方裁判所 平成6年(ワ)3188号 判決

原告

河野真子

被告

松本光則

主文

一  被告は、原告に対し、六一万八二四〇円及びうち五五万八二四〇円に対する昭和六三年九月三〇日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを四分し、その三を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  本判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し二五九万三二七〇円及びうち二一九万三二七〇円に対する昭和六三年九月三〇日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、普通貨物自動車が道路を横断中の幼児(四歳)をはね、幼児が左下顎骨折、頭部外傷Ⅱ型等の傷害を負つた事故に関し、右被害者が右自動車の運転者に対し、民法七〇九条に基づき、損害賠償を求めた事案である。

一  事実(証拠摘示のない事実は争いのない事実である。)

1  事故の発生

次の交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。

(一) 日時 昭和六三年九月三〇日午後六時ころ

(二) 場所 大阪市平野区加美北八丁目二四番一五号路上(以下「本件事故現場」ないし「本件道路」という。)

(三) 事故車 被告が運転していた普通貨物自動車(なにわ四〇に五七六、以下「被告車」という。)

(四) 被害者 原告(昭和五九年一月三一日生、本件事故当時四歳、甲一)

(五) 事故態様 被告車が道路を横断中の原告をはね、左下顎骨折、頭部外傷Ⅱ型等の傷害を負つた。

2  治療経過

原告は、左顔面打撲、左下顎骨骨折、頭部外傷Ⅱ型、右足関節打撲の傷病名により、昭和六三年九月三〇日から同年一〇月一九日まで生野愛和病院に入院(二〇日)し、また、左外転神経麻痺(末梢性)、頭蓋骨骨折、小脳半球虫部症候群、頭部外傷Ⅲ型、過食症(視床下部症候群の疑い)、右片麻痺の疑いの傷病名により、同月一九日から平成三年四月一日まで富永脳神経外科に通院(実通院日数一二日)し、左眼外転神経麻痺により、昭和六三年一〇月一九日から平成元年四月一二日まで岩崎眼科内科医院に通院(実通院日数九日)し、頭部打撲、左弾発股、膝関節痛の傷病名により、平成三年三月二七日から同年六月一九日まで近畿大学医学部附属病院に通院(実通院日数四日)し、過食症の傷病名により、平成三年一一月一一日、平井診療所に通院した。

3  損害

原告には、治療費として一五四万六九六〇円、入院雑費として二万六〇〇〇円、通院交通費として三万二八六〇円、文書料として八〇〇円の損害が生じた。

4  損益相殺

原告は、本件事故により生じた損害に関し、一三六万一一五〇円の支払いを受けた。

二  争点

1  責任原因

(原告の主張)

本件事故は、被告の前方不注視等の過失が原因であるから、被告は、民法七〇九条に基づく責任を負う。

2  過失相殺

(被告の主張)

本件事故は、原告の飛出しが原因であるから、本件事故により原告に生じた損害に関し、少なくとも二割の過失相殺がされるべきである。

3  原告の病状と本件事故との因果関係

(一) 原告の主張

原告は、本件事故により、左顔面打撲、左下顎骨骨折、頭蓋骨骨折、頭部外傷Ⅱ型、右足関節打撲の傷害を負い、左外転神経麻痺(末梢性)の傷害を負い、小脳半球虫部症候群、頭部外傷第三型、過食症等の症状が生じた。

(二) 被告の主張

原告の入院後の主たる治療内容である過食症は、本件事故と因果関係がない。

4  その他損害額全般(原告の主張額は、別紙計算書のとおり)

第三争点に対する判断

一  過失相殺

1  事故態様等

前記(第二、一、1)争いのない事実に証拠(乙四、五、被告、原告親権者河野高則)及び弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。

本件事故現場は、市街地にあり、東西に通じる本件道路(幅員約五メートル)上にある。本件道路は、制限速度が時速三〇キロメートルに規制され、夜間は暗く、駐車禁止であり、路面は平坦であり、本件事故当時乾燥しており、交通は閑散であつた。

被告は、被告車を運転し、スモールランプを点灯させた上、本件道路を時速約四〇キロメートルで南進中、駐車していたタクシーのそばを通過したところ、同道路を横断中の原告に気付き、急制動の措置を講じたが及ばず、自車前部を原告(昭和五九年一月三一日生、当時四歳)に衝突させた。

2  責任原因

以上の認定事実によれば、被告には、被告車を運転するに当たり、制限速度を遵守の上、進路前方を注視し、その安全を確認しつつ進行すべき注意義務があるのに制限速度を約一〇キロメートル超過し、かつ、進路前方の安全確認が不十分であつた過失があるから、民法七〇九条に基づく責任を負う。

3  過失相殺

原告は、本件道路を横断するに当たり、本件道路を通過する車両の有無、動静を十分注視しなかつた過失があり、原告の親権者らには、原告の監督を十分に行わなかつた過失がある。

原告ないし原告側の右過失と前記被告の過失とを対比し、さらに、原告の年齢、道路状況、その他諸般の事情を考慮すると、その過失割合は、被告が九割、原告が一割と認めるのが相当である。

二  原告の過食症と本件事故との因果関係

証拠(乙一ないし三、甲三二、原告親権者河野高則)によれば、原告は、富永脳神経外科病院において、食欲亢進がみられ、視床下部症候群の疑いがあると診断されたが、思考脱線等はなく、脳波に著明な徐波傾向があるが、異常はないと診断されたこと、近畿大学附属病院においてよく転倒すると訴えたが、痙攀性はなく、頭部MRI像上、左放線冠に小病巣(陳旧性の脳挫傷の痕跡)が認められたが、跡脳神経学的検査において異常所見は認められなかつたこと、平井診療所においても、過食症(視床下部症候群の疑い)があると診断されたこと、富永脳神経外科病院医肺富永紳介、過食症の場合、通常、左右側頭葉の両側に損傷があるところ、本件の場合、左側にのみ軽度の損傷が認められたのみであり、この損傷が外傷に起因する場合もまれにはあるが、本件の場合、外傷に起因すると明確には断定できず、そのため、傷病名が視床下部症候群の疑いとしたとの見解を示していることが認められる。

以上の認定事実によれば、本件事故後に原告に生じた傷病中、過食症については、同事故との因果関係を認めるに足る証拠はない。したがつて、後記同事故により生じた損害中、治療費、交通費、通院付添費については、過食症に関して生じた費用部分を除外すべきであり、寄与度に応じ、後記認定額から二割を減額するのが相当である(なお、生野愛和病院に入院していたことにより生じた他の損害については、同病院の傷病名には、過食症が含まれていないから、減額すべき理由はない。)。

三  損害

1  治療費(主張額一五四万六九六〇円)

右費用を要したことは、当事者間に争いがない。前記(第三、二)のとおり、寄与度に応じ、二割を減額すると、残額は、一二三万七五六八円となる。

2  入院雑費(主張額二万六〇〇〇円)

右費用を要したことは当事者間に争いがない。

3  入院付添費(主張額職業付添費二万円、近親者付添費九万円)

前記(第二、一、2)のとおり、本件事故当時四歳であつた原告が、本件事故後、二〇日間入院したことは当事者間に争いがないところ、原告の年齢、家族関係等に鑑み、近親者の付添が必要であつたと認められる。弁論の全趣旨によれば、右費用は、一日当たり四五〇〇円とみるのが相当であるから、近親者付添費としての損害は右額となる。

なお、原告は、右の他、職業付添費として二万円を要したと主張するが、右事実を認めるに足る証拠はない。

4  通院交通費(主張額三万二八六〇円)

右費用を要したことは当事者間に争いがない。前記(第三、二)のとおり、寄与度に応じ、二割を減額すると、残額は、二万六二八八円となる。

5  文書料(主張額八〇〇円)

右費用を要したことは当事者間に争いがない。

6  通院付添費(主張額六万五〇〇〇円)

前記(第二、一、2)のとおり、原告が本件事故後、治療のため、二六日間の通院を要したことは当事者間に争いがないところ、原告の年齢等を考慮すると、通院に際し、父母等の付添いが必要であることが認められる。弁論の全趣旨によれば、右通院に際し、一日当たり二五〇〇円の損害が生じたと認めるのが相当である。したがつて、通院付添費は、右額となる。

前記(第三、二)のとおり、寄与度に応じ、その二割を減額すると、残額は五万二〇〇〇円となる。

7  幼稚園保育料(主張額三万一八〇〇円)

原告が右額を支出したことを認めるに足る証拠はないが、証拠(甲二九の1、2、三〇の1、2)及び弁論の全趣旨によれば、原告は本件事故当時幼稚園に入園しており、前記(第二、一、2)入院のため、保育料に関し何らかの損害を生じたことは認め得るので、この点は慰謝料で斟酌することにする。

8  慰謝料(主張額入通院慰謝料九四万一〇〇〇円)

本件事故の態様、受傷内容、治療経過(入院二〇日、実通院日数二六日)、額の算定が困難な幼稚園保育料の存在等、本件に現れた諸事情を考慮すると、入通院慰謝料は七〇万円が相当と認める。

9  その他の損害(主張額八〇万円)

原告は、原告の父河野高則は、内装工事を業としているところ、富士火災本社ビルの内装工事を一七〇万円で請け負い、昭和六三年九月三〇日着工したが、本件事故発生により、急遽右工事を二五〇万円で太陽鉄工に振替えざるを得なくなり、八〇万円相当の損害を被つたと主張する。しかし、右主張事実を認めるに足る証拠がないばかりでなく、右損害は、いわゆる間接損害であり、原告に生じた損害ではないことが明らかであるから、右主張は採用できない。

10  小計

以上の損害を合計すると、二一三万二六五六円となる。

四  過失相殺、損害の填補及び弁護士費用

1  右損害につき、過失相殺(第三、一、3)により一割を減額し、当事者間に争いのない損益相殺(第二、一、4)をすると、別紙計算書記載のとおり五五万八二四〇円となる。

2  本件の事案の内容、本件事故後弁護士を依頼するまでの時間的経過、認容額等一切の事情を考慮すると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用相当額は六万円と認められる。

五  まとめ

以上の次第で、原告の請求は、別紙計算書のとおり、六一万八二四〇円及びうち弁護士費用を除く五五万八二四〇円に対する本件不法行為の日である昭和六三年九月三〇日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由がある。

(裁判官 大沼洋一)

計算書

〈省略〉

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